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2005年1月

グラント・ヒル

今回は、Detroit Free Pressの記事ABOVE IT ALL: Magic's Hill overcomes trials and tribulationsをネタに、4シーズンぶりに怪我から復活したグラント・ヒルについて書いてみたいと思います。

話題としてはちょっと古いですが、デトロイトからオーランドに移籍して以来初めてグラント・ヒルがパレスにプレーヤーとして戻ってきました。

ゲームのRecapを見ると、彼はパレスのファンに暖かく迎えられたようです。

その日のFree Press に表題の記事が出ていました。怪我をしてから復帰するまでのこの5年間の様子を詳しく伝えているのですが、その内容はちょっと衝撃的だったのです。

(英語の読める人は原文をどうぞ、長文ですが読みやすかったです)

そもそも彼の怪我がそこまで悪化したのは、2000年のシーズン、特にプレイオフで怪我を押して無理をしすぎたからなのですが、やはりチームの状況から休めなかったということのようです。


Taking time off was unthinkable. As long as Hill could move he had to play, because as January turned into February, the Pistons remained in the playoff race, and that would end the second their All-Star sat. So Hill kept playing, buoyed by the possibility of winning a playoff series for the first time and by the relief of pain medication. But on April 25, during Game 2 of a first-round playoff series against Miami, Hill's ankle finally gave out.

まずはプレイオフに残るために、そして痛み止めを打ちながら1stラウンドを勝ち抜くために、、、そして最終的には選手生命を危うくする大けがをしてしまうわけです。

ぼくは2000年のシーズンはデトロイトで見ていたのですが、このプレイオフでのヒルの様子は目を見張るものがありました。スマートでどちらかというとお坊っちゃんタイプのヒルが、痛みこらえながら鬼気迫る様子で奮闘する様子は息をのむものがありました。

この人にもこんななりふり構わないプレーが出来るんだなぁと、、、

今にして思うとシーズン後にフリーエージェントになるヒルは、この時点でチームを去ることを決めていたのかもしれません、そして最後のシーズンデトロイトに恩返しのつもりでのプレイだったのではないかと思うのです。

しかし残念ながら、あの年のピストンズは何とかプレイオフには残ったもののそれ以上はあまり望めないチームだったと思います。せいぜいがんばっても1回戦勝ち抜ければ上出来という感じでした。少なくともヒルほどの選手が選手生命をかけてまで、がんばるほどのことは無かったと思うのです。まさかヒルもあれほどの大けがをしてしまうと夢にも思わなかったと思いますが。

皮肉なことにデトロイトはヒルが出て行った事をきっかけに、ジョー・デュマースが大改革を行ってチャンピオンチームを作り上げていきます。ヒルの代わりにやってきたベン・ウォレスがリーグを代表するディフェンスプレーヤーになり、チーム自体もどんどん上向きになっていったのと対照的に、オーランドに行ったヒルはこの怪我により昨シーズンまでほとんど試合に出られない状況が続きました。

オーランドでT-Macとのコンビを期待したファンも多かったと思うのですが、その姿もほとんど見られ無いままT-Macはオーランドを去ってしまいます。

その後毎年手術を重ねて2003年、4回目の手術となるわけですがその直後にひどい状態に陥ってしまったようです。

手術の後自宅で療養していたヒルは、痛みがひくのがこれまでの手術より遅く違和感を感じていた様です。その日は暖炉の前に座っていたにもかかわらず、ふるえが止まらずどんどんひどい事になっていったと語っています。

病院に着いたときの事をヒルの奥さん、タミヤが次のように語っています。


"By the time we got there, he was almost delirious," Tamia said. "His body was jumping up and down. They were all waiting for us at the hospital, and seeing the doctors on top of him, trying to hold him so he didn't hurt himself, that was a lot. It was no longer about him rehabbing the ankle.

その後の治療により、何とかこの窮地を脱しますが記事中にバンコマイシンを使ったとあるので術後にMRSAに感染してしまったのでしょう、本当に危ないところだったのですね。
しかし、この感染症と同時にヒルの足首の傷は悪化しとうとう皮膚に穴が開いて骨が直接見える状態になってしまいました。そして彼は5度目の手術を受けることになったのです。

この手術からの回復後、今度は奥さんのタミヤが多発性硬化症という難病に罹ってしまいます。まるでERでも見ているような展開ですが、当事者としてはつらい日々だったことと思います。

もう本当によくぞ復活したという感じですね。これからはばりばりとがんばってほしいものです。

閑話休題

グラント・ヒルを見ているとどうしてもお坊ちゃまタイプというか、育ちの良さを感じるんですが本当にそうだったんですね。

父カルビン・ヒルはNFLのダラスカウボーイズで70年代にフルバックとして活躍したスター、母ジャネットは弁護士で学生時代はWellesley Collegeでヒラリー・クリントンとルームメートだったという経歴の持ち主なんて事も書いてありました。実に恵まれた環境で育ったわけですね。

ちょっと嗜好を変えて

ここにはNBA関連のネタをピストンズ中心で書いていくことにしてみます。

#果たして続くのだろうか(汗)

というわけで早速スカパーのNBAリーグパスについて

スカパーの有料放送で日本に居ながらにして、毎日1試合はNBAの試合が見られるというサービスです。(放映スケジュール

ジョーダンが去って、さらに野茂、イチロー、ゴジラの活躍によるMLB放送枠の拡大によりもはやNHK BSのNBA中継は風前の灯火という有様という昨今、日本のNBAファンにとってほとんど唯一ともいえる選択肢です。

シーズン契約のみで18,900円という価格は微妙なところですが、NBAのシーズンは11月から翌5月頃までと7ヶ月あるので月割りにすると2700円とそれなりにリーズナブルではあります(毎日1試合なので100円弱/1試合ということか)。

最近はプレイオフの2開戦以降は基本的に全試合中継するようになったので、プレイオフ中は仕事が手に付かなくなるくらいガチンコ勝負のNBAの魅力をたっぷり満喫できます。

と、それなりに魅力的なリーグパスではありますが残念なことにNBAファンの間でもそれほど普及はしていません。なんといっても専用チューナーを買って、アンテナを設置してスカパーに加入するという敷居が大きい。スカパー2でやってくれれば、その辺の敷居はぐっと下がるんだけど残念な話ではあります。

もう一つ残念なのは、自分の応援しているチームの試合をいつもやっている訳では無いって事ですね。NBAには33のチームがあって、半年のシーズン中に86試合ですからエイヤッと計算して30x86/(2x180)≒7.16と毎日7試合はあるわけで当たり前といえば当たり前の話なんですが2万円近く払って週に1回放送があればいい方というのは、やっぱりちょっと寂しいのです。

#ちなみに自分はピストンズの試合以外はあまり見ません
#JYDの居るNYKとヒルの居るORDのゲームはなるべく見ますけど

ちなみに、本場アメリカのリーグパスはなんとほとんど同じ値段($189)で事実上の開催全試合生中継(ABCやTNTなどで全国放送されている試合以外を専用チャンネルで放映してるので見たいチームの試合は必ずみられる仕組み)というゴージャスな内容になっています。

うーん、今の倍払ってもいいから全試合中継のサービスを始めてくれないかなぁ>スカパー

やっぱりリーグ戦というのは自分の好きなチームを追っかけてこそのめり込めるってもんですから。

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